2009年12月アーカイブ

干し大根がありました。

いかにも田舎らしい光景で落ち着きました。

今年も残すところあと少しとなりました。

どうぞ、よいお年をお迎えください。

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那賀川に映る、今日の朝焼けの空とサギです。

松崎町では穏やかな年の暮れを迎えています。

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普段見慣れているものより小さな水仙が群生していて驚きました。

花の直径はおよそ2㎝ほどでしょうか・・・とても可愛らしいですよ。

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川魚

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この時季は、空気が澄みきるせいか、川も透明度が増すような気がします(気のせいですが...)。

大きな川魚の群れがいました。

オイカワなどでしょうか??

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岩地地区のアロエです。

植物の彩りが少ない中、オレンジ色が強く映ります。

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冬の川

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朝陽があたり始め、冷たい川から蒸気がたちこめます。

川鳥も陽が昇り嬉しそうです。

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霜が降りていました。

子供のころは、土手に下りた霜の上をシャリシャリ歩くのが楽しかったです。

だんだん寒くなってきましたね。

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オリオン

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冬といえばこの星座ですよね。

とても大きく、目に入りやすいです。

星空を眺め果てしない思いを寄せるのも面白いですね。

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町内21世紀の森「富貴野山」付近に行ってみました。

そこからの景観は山々が壮大に見え、冬になり山が眠るどころか、とても活き活きしているように見えました。

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町民の森「牛原山」より見下ろした松崎町から西海岸の様子です。

風が強い日和でしたが、景色はとても綺麗に見えました。

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本日の夕景です。

西風が強く波が荒立っていますが、オレンジ色に染まりゆく雲が印象的でした。

また、先日より伊豆半島東方沖で地震がありましたが、松崎町では特に体に感じられるような揺れはありませんでした。

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春になると那賀川バイパス沿いに約6㌔にわたりソメイヨシノが実ります。

この景色が、桃色に染まるのが想像できないくらい、今は寒々しい様子です。

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山々も冬の装いに変化していき、これから春までの間、眠りにつくようです。

木々の表情も寒々しいものです。

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今日の空

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不思議な雲で下。

ほとんど等間隔にデザインされていて奇妙です。

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蝶々がいました。

近寄っても、逃げないので、ゆっくりともう一歩、もう一歩・・・。

とても近くまで寄ることができました。

よく見かける小さな蝶々ですが、近くで見るとまた違った見え方をします。

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飛行機雲

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飛行機雲です。

地上から見ていると綺麗で面白いものですが、空軍などでは自機の発見を容易にしてしまうので厄介なもののようです。

飛行機雲を出さない技術も開発されているとか・・・。

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柚子

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柚子が実っていました。

日本では冬至に柚子湯の習慣がありますね。

血行促進効果のほか、アカギレや風邪の予防になるそうです。

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松崎町伏倉区にある多福寺に行ってきました。

 

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◆宗派:臨済宗建長寺派

 

◆創建:文正元年(1466)

 

◆本尊:釈迦如来立像

 

◆沿革

掛川誌稿で伏倉を次のように書いている。

「此ノ村谷間ニ人家アリ、上ヲ浅倉トイイ下ヲ伏倉トイウ、浅倉ハ奥浅ク伏倉ハ奥入リ深シ 伏倉ニ家多ク在ル故ニ一村ノ名トス」と。

その伏倉の奥、石原田の地に文正元年に多福寺が創立されたという。

時は京に応仁の大乱の起きる前年であった。

それから40年余りたった永正2年(1505)、芳潤(天文4末年正月18日示寂)が来て、臨済宗に改宗して鎌倉建長寺末となった。そのため芳潤が寺の開山となっている。

宝永2年(1705)三世脱堂の時火災に遭い、寺地を現在地に移して再建した。また、当時は山号を竹叢山と称していた。

江戸時代の末、嘉永3年(1850)に伏倉の大火で寺も焼失、その後は仮本堂(間口3間半、奥行き5間)を建て檀家の供養を行っていた。

火災以後50年余年たった明治37年(1904)7月、現在の本堂(本堂兼庫裏)がようやく再建された。時の住職は円通寺18世珉岳の兼住であった。

その昔、伏倉の洞に地蔵堂があった。明治初年の廃堂政策によって一応廃されたが、明治7年(1874)火災により焼失、本尊地蔵菩薩(石仏)は寺の須弥檀に移された。いま、旧趾は竹林となり、入口に立つ三界万霊等(塔)のみにその所在が示されている。

本堂の正面に懸かる竹叢山の扁額は、当地出身の書家藤池竹洞氏によるもので、現在の山号は瑞祥山である。

竹叢山がいつ瑞祥山に変わったか定かでないが、明治5年(1768)大本山建長寺への報告と文書には竹叢山とあり、文化年間(1804~1817)編さんの掛川誌稿には、隋祥山(隋は瑞の誤りか)と記され、江戸時代末期と推定される。

◆年中行事:8月4日施餓鬼会

 

イチョウ

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イチョウの黄葉が多く見られる季節になりました。

とても高い木なので、品位ある風格を漂わせていました。

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海中砂漠

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今日の松崎海水浴場です。

波も小さく穏やかです。

波によって、刻まれた砂浜がまるで砂漠のように見えました。

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スイセンです。冬ですね~。

スイセンは下を覗き込んでいるような...落ち込んでいるような...そんな咲き方に魅力を感じます。

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いつものように那賀川を眺めていると、鳥たちが同じ方向を向いて立っていました。

ちょうど、アユを狙う釣り人のようにも見えました。

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荒れた海

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今日は日中から西風が強い日でした。

松崎海水浴場では、荒々しい波が打ち寄せていました。

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今日は昼過ぎから雨が降りました。

こんな日の野菜たちは、雨粒を飾り付け輝いていました。

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今日は朝から暖かい陽が差し込みました。

峠の野では、冷やされた地面が陽を浴びて水蒸気を発し、きれいな光景となっていました。

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今日はあいにくの天気でした。

海を見ると普段はテトラポットに群れをなしているカモメたちが雨がぱらつく水面に集まっていました。

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本日は心地よい陽がさすいい天候に恵まれました。

那賀川を眺めていると、幾度となく川魚が跳ねて喜んでいるようでした。

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